BNS20周年記念&人生やりなおし研究所 Talking BAR編 Volume.7 「勝負どころの見極め方 出会いとチャンスをカタチにするために必要なこと」にご参加いただいた白澤健志さんにコラムをご寄稿いただきました。
BNS20周年記念 & 人生やりなおし研究所 Talking BAR編 Volume.7
勝負どころの見極め方
出会いとチャンスをカタチにするために必要なこと
2016年10月25日
今回特筆すべきは何と言っても、トーキングバー始まって以来の「野郎」率の高さである。元々Be-Nature Schoolは客層として女性の割合が多く、これまでのトーキングバーでも半々くらいだったのだが、今回は参加者13名中12名が男性。しかも割と背が高かったり、がっちりした体格の人ばかりで、なんとなくラグビー部の反省会でも始まりそうな雰囲気である。
ゲスト席にデーンと座っていらっしゃる土屋芳隆氏もラガーシャツの似合いそうな風貌だが、もちろんCHUMS(チャムス)のヒット商品「ハリケーントップ」でカジュアルにキメている。
土屋さんは、株式会社ランドウェルの代表取締役社長。CHUMSは同社の手掛ける人気ファッションブランドである。司会の森さんによれば、「かなり昔からブランドとして認知していたけど、ここ数年で、カジュアルからアウトドアブランドとして急成長してきた」とのことだ。そういえば森さんの前職はアパレル業界だったな、と思い出す。
CHUMS オフィシャル・ブランドサイト
http://www.chums.jp/
その森さんが、今宵のテーマをスライドに映し出してトークが始まる。浮かび上がった文字はこれ。
『ここぞというポイントの見つけ方と腹のくくり方を、今後の人生やりなおしに活かす』
まず恒例の参加者アンケート。「何に関心を持ってこの場に参加したか?」という森さんの問いかけに対し、7割が「テーマ」、3割が「土屋さん」という答え。ついでに職業を訊くと、デザイン・ホテル・WEB・教育・アウトドア・運輸・エネルギー…とバラバラ。
しかし、それに続くテーブル自己紹介タイムで最大公約数的な共通点が判明する。それは「起業」。起業しようとしている人、最近した人、漠然と考えている人、などが多い。
そのような会場の期待がなんとなく見えてきたところで、森さんが、土屋さんの青年時代から話を掘り起こし始める。スライドは『どんな勝負をしてきたか?について』に変わっていた。
「日本の大学を1年でやめちゃったんですよね」
「正確には二週間ね(笑)。二浪して、それでもイイトコの大学には入れず、入ったところにもすぐ行かなくなった。で、何をしていたかというと、YMCAの活動でキャンプ場めぐり。ボランティア活動のリーダーとして、テント背負って子供たち連れて、みたいな。嫁さんともYMCAのキャンプに参加していた高校生の時に出会ったんですよね。」
「大学行かないで、うろうろしてたんだ」
「それが第一の勝負どころ。このまま、しょぼしょぼ終わる予感があって、そこで…」
と、土屋さんは突然会場の方を向き、「…こんな話、面白いですかね?」
「まだ始まったばかりでしょ!もうかなり面白いよ!」ドッと沸いた会場の気持ちを代弁して森さんが叫ぶ。
さて、大学をやめた土屋さんが次に考えたことは「アメリカ行ってリセットしよう」。ということで、深い考えもなく、語学学校に紹介されるままにデンバー大学へ。
「そこは、勝負しに行ったわけじゃなくて?」
「うん、逃げるように行った。向こうの学生と共同生活しながら、日本にいた頃よりは勉強して。帰国したら、日本はちょうどバブル真っ盛りで、求人も金融ばかり。証券会社に入り、営業配属になったらいきなり机の上に自分の名刺が5000枚ドーンと置かれていた。上司が『土屋君、これ一か月分だから』と。その日から一日百軒の跳び込み営業。それを一年近くやった」
「で、嫌になったと」
「俺はこんなことやるためにアメリカの大学に行ったのかなあ、って。一方で、仕事はちゃんとやっていて、僕のことを気に入ってくれた主婦からへそくりの200万円を預かったりとか。『うわ、そんな話が本当にあるんだ』、と。いろいろ勉強になった」
「そういう経験が、今の糧になっている?」
「人にアプローチして売る、という意味では同じかな」
ここで、参加者の男性に話が振られる。実は、この方、土屋さんの当時の同僚であるという!
「土屋君は、いつも『俺は大きなことをするんだ』と言っている、のんびり屋さんでした」
「それって、『ダメなやつ』って感じじゃないですか?」と森さん。
「いや、確かにいつか何かやるんだろうな、とは思っていた。それで触発されて、自分も事業を立ち上げたのかな」。おっと、ここにも起業家がいた。それも土屋さんに影響されて、というのだから、当時すでに土屋さんが「ただものではないオーラ」を発する存在だったことは間違いない。
証券会社をあっさりやめた土屋さんは、英語の活かせる小さなコンサルティング会社へ。
「アメリカの大学を卒業、というのが唯一のウリだったから」
「でもそれがあったから転職できたんでしょ。『まずはウリをひとつ作れ』、だね」と森さん。
そこで数年勤めたあと、またしても土屋さんは会社をやめる。今度は転職ではなく…。
「ウチは代々自営業なんですよ。それで、なんでもいいから30歳頃までに独立したかった。登記すれば誰でもすぐ社長ですから。そうやって取り敢えずランドウェルという有限会社を創った。資本金300万円は、おばあちゃんがくれた(笑)。けど、何をやるかは決めていなかった」
「そうは言っても、登記のときに何かしら事業内容を書くでしょ」
「スポーツ用品の輸入販売、と書いた。実は、日本の有名スポーツ用品店の息子と、デンバー時代に同級生で。靴のバイヤーとして仕入れたものを、彼を通じて売っていた。そういう細いつながり一本で始めて、最初の年の売り上げが1億5千万円」
「1.5億!それ全然細くないし(笑)。運、強いね」と森さんが感嘆する。
「でも翌年は5000万になったり」
「それでも、一人で商売しているわけでしょう。10%の粗利だって、スゴイ金額だよ」
「一人で朝から晩まで自宅で出荷作業して。でも不安はあった。こんなこと、長くは続かないなって」
「割と、疑うことができる人なんだね。『俺イケる』と思いそうなところで『なんかおかしいな』と思ってたんだ」
「そんな時に、アメリカの友人からCHUMSというブランドを紹介されて」
「…それも、また話が向こうからやってくるんだ」
「まあ、そうみたいですね」と他人事のようにしゃべる土屋さん。
「すげーうらやましい…なんか嫌になってきた(笑)」と森さんが本気で愚痴る。
どうも土屋さんの軽妙な語りを聞いていると、何も苦労がなかったように思えてしまう。森さんが、あらためて「勝負どころ」を探りにかかる。
「CHUMSを十数年やってきて、いちばんしんどかった、やばかったのはいつ?」
「3000万円で商標を買った時かな。実際にはいっぺんにではなく、アイテムだとかエリアだとかを少しずつ広げて。最初はアメリカの本社とライセンス契約をしていたけど、総代理店って、身分がよくないなあと感じて。日本でブランドを育てても、そのうち本社が出てきて『はい、ごくろうさん』っていうのがオチ。ところがCHUMSの場合、本社が経営難で、商標を割と有利な条件で手に入れることができた。さすがに3000万払ったので蓄えはほとんどなくなったけど」
「じゃあ日本のCHUMSとアメリカのCHUMSは、今は別会社なんだね」
「でも、今でも一部商品を仕入れたりしていて、関係は良好。実は放漫経営のあとアメリカの会社を買い取ったオーナーが、たまたまデンバー大学の先輩で、相性もよくてね」
「…聞けば聞くほど、順調に来た感じ。おいしい話も『たまたま』だらけ。なんで?」と森さんが半ばふくれっ面で訊く。
「待っているだけ、じゃないですか」と土屋さんが今夜のキーワードを口にする。「やばいやばい、と思いながら、でも一生懸命になってそこから脱出しようとはしない。経営者の先輩からも、『土屋君は本当に何もやらないな』と言われる」
「『プロフェッショナルとは、ぎりぎりまでやらないこと』、だって」と森さんがまとめると、会場が一斉に笑う。そんな盛り上がりもさらりと流しながら、土屋さんが言葉を続ける。
「人生という川に、僕らみんな浮いている。あの世に行くまで、ぷかぷかと。その時、『あれに乗ると快適に過ごせそうだな』という流木があったら、それにつかまる。こちらから泳いでは行かない。でもその流木を認知する能力はある。遠いところにある流木がよく見える、そういう能力はあるのかもしれない。流木は、たまたま流れてくるもの。『よく見ている』、ということかな、カッコよく言えば」
ここで森さんが休憩を宣言する。と、その森さん自身が「あれを思い出した」といって事務所の本棚から一冊の本を取り出し、それを持って司会席へと戻る。
後半は、土屋さんにと一緒に会場にやってきたランドウェルの社員へのインタビューから始まった。「普段、どんな社長さんですか?」という森さんの問いに、「話しかけやすい、気さくな社長。いつもこんな感じです」と社員の方は証言する。そうだろうな、と誰もが納得する答えである。
ここで森さんが、先ほどの本を手に取り、会場に紹介する。
「ポーラ・アンダーウッドという人が書いた、ネイティブ・アメリカンの教えに関する本に、こんなことが書いてあります。
人生の物事を決めるときの極意に関する4ステップパス:
「Be who you are」
「Be where you are」
「Look around」
「Decide and do」
意訳すると、
「あなたが大海に放り出されたらまず確認すべきこと。自分が泳げるのかどうか。放り出されたのはどんなところか。掴まるものはあるか。そして、決めたらすぐ行動せよ。」
さっきの土屋さんの話を聴いていて、これに共通点を感じたんですけど…」と森さんが土屋さんの顔を覗き込む。が、土屋さんはそれを否定も肯定もせず、コメントもなく、自らの話に戻っていく。
こう書くと何だか土屋さんが冷たい人のようだが、会場で感じる雰囲気は決してそうではない。むしろ土屋さんらしい、自然なふるまいに映る。なにしろ『自ら泳いでは行かない』人なのだから。
森さんが「決断」の過程を訊くと、土屋さんがこう答えた。
「最後の最後は、自分に訊く。ほんとにいいの?これでいいの?と。その時に疑問があるならば、やらない。疑問がなければ、すぐにやる」
もういちど森さんが、今度は直球の質問を投げる。
「ずばり、土屋さんの『勝負どころの見極め方』は?」
それに対する土屋さんの答えは、やはりぶれない。
「最後は、だから、自分の感覚。ビジネス書も閉じて、ネットも切断して、自分に訊く。二週間くらい、訊いている。それで、これいいじゃん、やろうよ、と思ったことはやる。恋愛と同じで、見かけは自分好みでも、性格がちょっと合わないかも…という相手とは、結局続かない」
「自分に訊くって、瞑想とかするんですか?」
「そういうのはしない。普通に、日常の業務をしながら、でも気分は晴れないで、上の空で、そのことばかりを考えている。最後に、奥さんとかに『こういうのやろうと思う』と話すと、『いいんじゃない?』と背中を押してくれる。そういう人を待ってる」
質疑応答の時間。
最初に手を挙げた男性は、まさに起業しようとしている人。集客やマーケティングの手法を問うその声に、土屋さんはこう諭す。「あんまりそういうことは考えず、ほんとうに自分がそうしたいのかとか、そっちを考えた方がいい。自分の中の欲望に向き合って。個別の、マーケティングがどうこうというのはその次のような気がする」
手厳しい。でも、これが土屋さんの実感に基づく言葉だ。重みがある。質問された方も納得した表情で頷いていた。
二つ目の質問は、仕事をする上での対立や衝突にどう向き合っていくかについて。
それに対し土屋さんは「僕、他人と揉めるのが嫌いで」という言葉で語り始めた。「一人っ子だからかな。自分もそうだし、他人と揉めるような人は会社でも採用しない。ところで、社長って、割と他者と対立しなくて済むポジションなんだよね。自分にとっては楽」
三つ目の質問は、これからしたいこと。CHUMSのこれからについて、質問に答える形で土屋さんは語った。「イケアとか無印みたいな雰囲気のアウトドアブランドにしていきたい。今はキャンプをやっているけれど、もっと遊びを全面的にサポートできるブランドになったらいいな。CHUMSで楽しそうな人がいれば、自分も楽しくなるじゃないですか。元々CHUMSという名前自体が、楽しむ、楽しませる、という意味だし」
質疑応答が終わり、再び森さんが質問を繰り出す。でもそのやりとりは、こんな感じ。
「勝負所で、白か黒かどちらかしか選べないときの、最後の判断基準は?」
「好きか嫌いか、じゃないですか、やっぱり。それが、自分の方向性に合っているのか、それとも目先の流行に合わせるのか、の違いかもしれない」
「これまでにビジネスで失敗や後悔は?」
「ほとんどない」
「中期計画は?」
「立てているだけ」
「目標は年商百億なんでしょ?」
「そう言っているだけで、何一つ行動していない」
「今日のサブテーマ、『出会いとチャンスを形にするために必要なこと』、ズバリ何ですか?」
「こんな人と会いたいな、こんな風になりたいな、と思いながら待つこと」
「夏に会った時、『社長は夢を語らなきゃいけないらしいんだよね』と他人事みたいに語ってたのが印象的で」
「どのビジネス書読んでもそう書いてある。でも自分の心の中はブレブレなんだよね」
ああ言えばこう言う、はぐらかしているだけのようだが、これがほんとうに土屋さんの本心からの答えなのだ。ただ、本人が思っている自分と、周囲が見ている自分は同じとは限らない。
会場にはもうひとり関係者(というのか)、土屋さんの高校時代の同級生にして現在は土屋さんのコーチを務めるKさんもいた。Kさん曰く、「土屋君はブレない」。
「ブレてない中でブレてる、のかな」と土屋さん。
Kさんが言葉を補う。「土屋君には芯がある。その芯を軸に、揺れながら生きている」
このKさんの言葉を耳にした時、私の頭の中にパッと去来するイメージがあった。
座禅。
経験のある方はおわかりになると思うが、坐り始めるとき、いきなり不動になったりはしない。足を組み、手を組みながら、上半身をゆっくりゆっくりと左右に揺らし、重心を探る。少しずつ揺れ幅が狭まり、重心が一点に定まった時、心身がすっと瞑想に入って行く。
土屋さんの判断軸も、常に揺れている。これでいいのか、ほんとうにいいのか。揺れながら、自分の軸の重心を探る。揺れはしているが、軸自体がブレてはいない。やがて、土屋さんの揺れが一点に収束したとき、決断は為されている。
もちろんこんな座禅の連想を土屋さんの前で口にしたところで、ご本人はきっと、微笑みを浮かべながら聞き流すだけのような気がするけれど。
それがきっと、「待つこと」の達人の佇まいなのだ。
[白澤健志]